ストックオプションとは、株式会社の従業員や取締役に、「将来、その株式会社の株式をあらかじめ定められた価格で取得できる権利」を与えるものです。この権利は、監査役、外部アドバイザー、取引先などにも付与することができます。スタートアップ企業の企業価値が向上して株価が上昇した場合の利益を、株主に加え従業員や取締役などでも分かち合うという発想に基づく制度です。
まず、会社が従業員や取締役に対して、あらかじめ定められた価格(これを「権利行使価格」といいます。)で、会社の株式を取得できる権利を付与します。従業員や取締役は、将来、株価が上昇した時点でストックオプションの権利を行使すれば、会社の株式を権利行使価格で取得することができます。その後、時価で株式を売却すれば、権利行使価格と売却価格との差額を利益として得ることができます。
したがって、スタートアップ企業の従業員や取締役にとって、会社の業績を向上させ、企業価値を高めることへのインセンティブになるわけです。
なお、このストックオプションは、会社法上は、発行した株式会社に対して権利を行使することにより、その株式会社の株式の交付を受けられる権利、すなわち「新株予約権」として規定されています(236条以下)。
ただ、新株予約権は、資金調達の手段として一般の投資家向けにも発行できるオプションの概念ですが、ストックオプションというときは、従業員や取締役(社外協力者もある。)に対する報酬付与の手段として発行されるものをいいます。
例えば、株価が1株1,000円のとき、会社の株式を権利行使価格1,000円で1,000株購入できるストックオプションが付与されたとします。その後、株価が1株2,000円になったとします。その時点、ストックオプションの権利を行使すると、市場価格が1株が2,000円の会社の株式を1,000円で購入できるわけです。そこで1,000株購入して売却したら、1,000円×1,000株で100万円の売却益を得ることができます。
逆に、株価が下落している場合はどうなるのでしょうか。ストックオプションはあくまでもオプションという株式を購入できる権利であり、購入する義務はありませんから、権利行使をしなければいいということになり、損失が発生することはありません(ただし、権利付与が有償の場合、そのために支払った対価相当額は損失となります。)。
まず、次のようなメリットがあります。
スタートアップ企業にとって優秀な人材を確保したいのはやまやまですが、知名度がなく、かつ給与を手厚くするというような資金的余裕もないため、その実現は困難をともないます。
そうした場合に、ストックオプション制度は、大企業よりも劣った現状の雇用条件を代替、補完するものとして機能し、将来的なインセンティブを広くアピールできるので、優秀な人材を集めることができることになります。
また、入社後も、ストックオプションの行使が可能になる前に退職した場合は経済的利益が得られないので、人材の流出を防ぐこともできます。
ストックオプションは、会社の業績が向上し、企業価値が増大すれば株価が上昇して、権利行使時に得られる経済的利益が大きくなる制度です。したがって、従業員や取締役が、企業価値を上げたいというモチベーションが高まることになります。
従業員や取締役に対する報酬として機能しますが、報酬を現金で支払う必要がありませんので、会社からのキャッシュアウトを防ぐことができます。
会社の取引先にストックオプションを付与する場合、従業員や役員に対するものと同様に、ストックオプション発行会社の業績の向上に対してモチベーションが高まります。
ストックオプションでは、意に反して株価が下落した場合は、権利の行使は義務ではありませんから、権利行使をしなければよいだけのことです。したがって、損失が発生することはありません(ただし、権利付与が有償の場合、そのために支払った対価相当額が損失となる場合があります。)。
これに対して、デメリットは以下になります。
業績の向上、株価の上昇、権利行使時の利益の増大ということが従業員や取締役のモチベーションとなっていますが、それに赤信号が灯ってくると、とたんにモチベーションが下がってしまうことがあります。
ストックオプションの付与があるかないか、またあるにしてもその多寡について、社内で不協和音が発生することがあります。創業者の一存などではなく、ストックオプションの付与基準を、客観的な基準として明確に定めておくことが重要です。
ストックオプションの権利を行使して多額の利益を得た後は、優秀な人材が離職することもあります。
ストックオプションが行使され新株が発行されると、既存株主の株式持分割合は減少しますので希薄化が生じます。
ストックオプションの発行に関し、会社法において何らかの制限規定があるということはありません。しかしながら、資本政策の観点、すなわち資金調達の妨げにならないという観点からすれば、ストックオプションを付与する数は、会社が発行した全株式に対して、付与するストックオプションのすべてが権利行使された場合に発行されることになる株数の割合が10%くらいまでにすることが多いようです。
このように制限するのは、ストックオプションの権利行使があるとそれにあわせて会社は新株式を発行することになりますが、そうすると、既存の株式の希釈化(権利の割合が減少する、薄まる)が起きますので、既存株主が不利益を被ってしまうからです。したがって、既存の株主(投資家)に大きな不利益を与えない程度、逆にいうと彼らが許容できる範囲として10%程度が適切だとされています。
ストックオプションの種類は、以下のようになります。
ストックオプションは、会社の株式を権利行使価格で買い取ることができる権利ですが、これは義務ではありません。したがって、将来、時価が権利行使価格を上回らない場合は権利行使しないという選択することができる、すなわちオプションですから、これには一定の経済的価値があります。この経済的価値は、一定の理論に基づき、ストックオプションの価額(公正価値)として算出することができます。
そして、算出された価額(公正価値)のあるストックオプションを無償で付与するのが無償ストックオプションです。これに対して、算出された価額(公正価値)を発行価額として付与するのが有償ストックオプションです。スタートアップ企業が、従業員や取締役などに対する報酬という目的でストックオプションを付与する場合は、無償ストックオプションを利用するのが一般的な方法になります。
そして、無償ストックオプションのなかでも、「税制適格」と言われるものと「税制非適格」というものがあります。
税制適格ストックオプションとは、付与対象者や行使期間などが税法の定める要件を満たす場合に、権利行使時の課税は繰り延べられ、株式を売却した時だけ譲渡所得として約20%が課税されるものです。
次に説明する税制非適格ストックオプションの場合は、権利行使時(いまだ売却を行っておらず利益が実現していない時点)に給与所得となって所得税(最高税率55%)が課されてしまうために付与者の金銭的負担が大きく、報酬制度としてのストックオプションとして合理性がありません。さらには、売却の際には譲渡所得となって所得税が課されることになります。したがって、必然的に税制適格となるよう制度設計をしなくてはなりません。
無償ストックオプションで、税法の定める要件を満たさない場合に、権利行使時に給与課税がなされてしまうものです。そしてその後、株式を売却して利益が出れば、その利益に対しては、譲渡所得が課せられます。
有償で付与されるストックオプションです。これは、上述した通り、算出されたストックオプションの経済的価値(公正価値)を発行価額として発行されるもので、付与を受けるものはこの価額を支払ってストックオプションを取得するというものです。その後、権利行使時に行使価額を支払います。
有価証券として取り扱われるために、無償非適格税制ストックオプションと異なり、課税回数が少ないなどのメリットがあります。したがって、無償適格ストックオプションの要件を満たすことができない場合に、利用されることがあります。
株式報酬型ストックオプションとは、権利行使価格を1円といった低価格に設定し、無償で付与されます。
無償税制非適格ストックオプションとなりますが、退職金として利用すれば、権利行使時に給与課税ではなく退職金課税(25%程度)となるため、給与課税ほどの金銭的負担が生じないことになります。
信託型ストックオプションとは、会社が発行したストックオプションを信託会社等に信託しておき、会社が決定する貢献度に応じた付与ルールに基づいて、従業員や取締役が付与条件を満たしたときに、信託会社等から従業員や取締役などにストックオプションが付与されるという制度です。
人事考課制度にあわせて、事後的に貢献度にしたがって付与対象者を決定できるといったメリットがあります。
前述の通り、ストックオプションの制度設計をするに際しては、税制適格要件とにらめっこをしながら検討をする必要があります。すなわち、ストックオプションの制度においては、その制度設計により、課税される時期及び税率が大きく異なるからです。
以下においては、無償ストックオプションのうち、税制優遇措置が適用されない「税制非適格ストックオプション」と、税制優遇措置が適用になる「税制適格ストックオプション」について説明します。
税制非適格ストックオプションとは、税制優遇措置が適用にならないもので、ストックオプションの権利を行使したときの時価と権利行使価格の差額に対し、いまだ株式を売却していないとしても「給与所得」(従業員・役員でない場合は、事業所得・雑所得)として、所得税が課税されることになります。すなわち、含み益に対して所得税(10~55%(累進課税))が課税されるのです。無償で付与されているので、税法上は給与として扱うという税法上の理屈です。
そして、現実に売却したときは、売却価格と権利行使時の時価との差額の利益分については「譲渡所得」となり、所得税(20%)が課税されます。
税制適格ストックオプションとは、税制の優遇措置の適用があるストックオプションのことです。上述した通り、ストックオプションは給与としての性格のものですから、本来は給与所得としての課税されることになりますが、従業員や取締役等のインセンティブとして有効活用ができるように、税務の取扱い上において恩恵を与えるという趣旨のものです。含み益に対して所得税(10~55%(累進課税))が課税されるというのでは、会社法上、従業員等に対するインセンティブを創設するものとして構築されたものが、税務的な障害から有効利用されないというのではせっかくの制度が台無しですから、これを避けるためのものです。
税制優遇措置の適用を受けるためには、以下のような要件を満たさなければなりません。この要件を満たすと、権利行使をした時点では課税はされませんし、将来においても所得税が課せられることはありません。株式売却時における売却価格と権利行使価額との差額が譲渡所得となり、そこに所得税(20%)が課税されることになります。
税制優遇措置の適用を受けるための要件は、下記の通りです。
有償ストックオプションの場合は権利行使をした時点では課税はされません。株式売却時における売却価格と権利行使価額及び発行価額の合計額との差額が譲渡所得となり、そこに所得税が課税されることになります。
譲渡所得=売却時の株価―(行使価額+発行価額)