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法務

株式上場(IPO)のガイドブック

第1 株式の上場とその目的、並びにその責任

[1] 株式の上場とは

未上場会社では、会社創立時の仲間や親族、エンジェル投資家、ベンチャーキャピタルなどの特定の限られた人たちが株式を保有しており、譲渡も制限されているのが通常です。こうした株式を、不特定多数の一般投資家に開放して、株式市場において自由に売買できるようにすることを株式の上場といいます。

上場会社は、上場することにより、広く一般投資家から資金を調達することになるため、その投資に見合うような業績を実現できる会社である必要があります。

[2] 上場のメリット1(会社)

株式を上場すると会社にとって次のようなメリットが得られます。

(1)資金調達手段の多様化

上場の最大のメリットは、資金調達手段が多様化することです。上場時の公募増資によるものだけではなく、上場後においても同じく公募増資が可能ですし、新株予約権や社債の発行といった調達も可能になります。

(2)知名度及び信用度の向上

上場会社になると報道される機会などが増えることにより、知名度が向上します。また、厳しい上場審査をクリアーして上場した会社ということで、ガバナンスのしっかりした成長が期待される会社という評価がされ、取引先や金融機関からの信用力が高くなります。

(3)優秀な人材確保

上場により会社の知名度や信用度が向上すれば、優秀な人材の確保が可能になります。

[3] 上場のメリット2(創業者その他株主)

株式を上場すると創業者その他株主にとって次のようなメリットが得られます。

創業者は上場時に保有する株式を売却して、キャピタルゲイン(創業者利益)を得ることができます。株式を保有していた従業員も同様です。従業員やその他の関係者には、上場までのインセンティブとしてストックオプションが付与されていることがありますが、こうした人もオプションを行使して株主となったのちに株式を売却し、キャピタルゲインを得ることができます。

エンジェル投資家やベンチャーキャピタルにとっては、市場で株式を売却し、投資の出口として投資資金を回収するとともにキャピタルゲインを得ることができます。

[4] 上場により求められる会社の責任や負担

(1)一般投資家との関係

上場株式は、不特定多数の投資家の投資の対象となりますので、投資家保護の観点から、決算、業績その他の会社の内容を適時にかつ適切に開示されることが要求されます(ディスクロージャー)。こうした開示資料の作成にあたっては、経理部門を中心に手間と時間が割かれることになります。

また、株主総会の開催及び運営に関連して総務的なコストが増加します。

さらに、証券取引所への上場管理料とか、監査法人に支払う監査費用などの上場維持のための費用も相当な負担となります。

(2)社会的責任

上場会社には、未上場会社と比較して、社会的責任がより強く問われます。未上場会社のときは黙認されていた会社と経営者の不透明な取引などは解消が要請されるのは当然のこと、経営全般に関しコンプライアンス(法令遵守)が要請されます。そのため、不祥事が発生した場合のダメージは、未上場会社とは比較にならないほど大きくなります。

(3)一般投資家以外の株主に対する対応

株式が上場されると会社の承諾なく誰でも株式を取得することができるので、会社の想定しない株主が登場したり、会社の買収リスクに晒されたりします。場合によっては、会社経営者としての資質がないとの評価をされて、経営者としての地位を奪われることもあります。

会社経営者として株主との関係維持(IR)に努めるなどの対応を迫られます。

第2 証券取引所の種類と特徴

[1] 株式を上場する証券取引所の種類

国内では、東京、名古屋、札幌、福岡の各証券取引所で株式の上場ができます。

東京証券取引所においては、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場に、名古屋証券取引所においては、プレミア市場、メイン市場、ネクスト市場に区分されています。

このうち、グロース市場とネクスト市場は、高い成長可能性を有する会社向けの市場となっています。札幌と福岡の取引所においては、本則市場と、成長著しい新興企業のためのアンビシャスとQ-Boardがそれぞれ開設されています。

また、成長力のある企業のために、プロの投資家に限定したTOKYO PRP MSRKETが東京証券取引所に開設されています。

[2] 新興市場の特徴

東京証券取引所に開設されているグロース市場は、高い成長可能性を有するものの、事業実績の観点からは相対的にリスクが高い企業向けの市場となっています。このため、上場をめざす会社には、高い成長可能性を実現できるための合理的な事業計画を策定し、この事業計画を遂行するために必要な事業基盤を整備していることが求められます。

ただ、高い成長可能性を示すことが必要となる反面、小規模の企業や、赤字決算の企業でも上場が可能となっています。

ネクスト市場、アンビシャス、Q-Board市場では、地元企業育成の観点から開設されています。

第3 上場準備全般

[1] 上場のための準備期間

上記の通り、株式を上場して会社が上場企業となれば、さまざまなメリットを享受することができるようになりますが、上場のためには多岐にわたる準備作業が必要であり、昔に比べて準備期間は短くなったとはいうものの、相当の期間とエネルギーが必要になります。

上場準備の開始の時期は、上場を行う期を「申請期」といいますが、これより2ないし3年前となります。申請期の前2期間を「直前々期」、「直前期」といいます。

準備のためのスケジュールは大きく分けて3つの時期に区分されます。直前々期より前が上場をめざす意思決定の時期、直前々期と直前期が上場準備の時期、申請期が上場の時期となります。

意思決定の時期においては、監査法人や主幹事証券会社の選定に始まり、事業計画の見直し、資本政策の策定、経営管理体制と業務管理体制における問題点の抽出などを行います。

上場準備の時期においては、事業計画や資本政策の確定と実施、抽出された問題点の改善と実施、そして最終段階では有価証券報告書や有価証券届出書といった上場申請書類を準備します。

そして、申請期には、上場申請書類を提出し、主幹事証券会社の審査(引受審査)、証券取引所の審査(上場審査)をクリアーすることになります。

こうした準備を貫徹することは容易なことではなく、会社の一部門のみで対応できるものではありません。通常は、上場準備をメインとするプロジェクチームを編成して作業を行っていきます。

[2] 意思決定の時期になすべきこと

上場準備を開始することがある程度固まった段階で、まずは監査法人による予備調査(ショートレビュー)を受けることになります。そのため、監査法人を選定するところから上場準備が始まります。

ショートレビューでは、監査法人が会社の担当者に対するヒアリングや各種資料の精査などを行い、上場に向けて解決すべき問題点の抽出を行います。会社はこの報告を受けて、最終的な上場意思の決定を行います。決定がなされたならば、社内にプロジェクトチームのような担当チームを組織して準備にとりかかり、抽出された問題点の改善に着手します。

なお、最近では監査契約を締結してくれる監査法人がすぐには見つからないことも多いため、早めに行動を開始したほうがよいでしょう。

[3] 上場準備の時期になすべきこと

意思決定の時期において、前述したように監査法人のショートレビューを受け、会社内ではプロジェクトチームを編成した上で問題点の改善作業に取りかかります。上場準備の作業は多岐にわたりそれなりのノウハウも必要となるので、外部のコンサルタントの確保とともに、会社内にある程度の経験のある人材を確保することなども必要でしょう。

直前々期からは監査が始まりますので、意思決定の時期から直前々期の間に抽出された問題点を改善しておく必要があります。

直前期は、上場企業としての適格性があるかが事実上審査される時期となります。したがって、直前々期に抽出された問題点が改善された経営管理体制や業務管理体制などのもとで、実際の運用が行われていることが必要になります。改善だけではなく最低でも1年程度の運用が求められるのです。

直前期には上場申請書類の作成準備も行います。正式な上場申請書類の提出は申請期ですが、こうした書類は一朝一夕に準備できるものではありませんので、直前期にはドラフトを作成し、監査法人や主幹事証券会社に事前チェックやアドバイスをもらいながら、徐々に完成していくという作業になります。

[4] 申請期になすべきこと

直前期における決算が確定すると、上場申請書類に記載すべき決算関連の数値が確定し、正式な上場申請書類を完成させることができます。

そして、まず、主幹事証券会社の引受審査を受けることになります。ここでは、主幹事証券会社からさまざまの観点からする質問がなされます。会社は、こうした質問に対して正確かつ迅速に回答する必要があります。

これにパスすると、証券取引所の上場審査を受けることになります。ここでも多数の質問がなされ、それらに迅速に回答する必要があります。上場のための最後の難関となります。

第4 関係当事者の役割

[1] 監査法人

上場のためには、会社の決算が適正であることを外部監査人の監査を受けて証明をしてもらう必要があります。

前述の通り、監査法人には、まず意思決定の時期においてショートレビューをもらうところから関係が始まります。

そして、その後は、本来的な役割である財務諸表監査と上場準備に関する助言指導を行ってもらいます。

すなわち、上場に際しては、金融証券取引法に準ずる監査が、直前々期と直前期の2期間必要となります。未上場会社の会計処理は税務申告のための会計処理が中心になりますが、上場企業の場合は、投資家のために会社の決算内容を正確に知らしめるという企業会計の基準での会計処理が要請されます。監査法人は、この企業会計の基準での会計処理が行われるよう助言指導を行います。

また、上場申請書類の作成に関する助言指導も行います。

[2] 幹事証券会社

上場に関する業務を行う証券会社を「幹事証券会社」といい、幹事証券会社は、上場の際に株式の募集及び売出しを引き受けて、株式市場に新規上場株式を提供する役割を担います。複数の証券会社が担当し、その中で最も多い割合で株式を引き受けるなどの中心的な役割を担うのが主幹事証券会社です。

上場準備の場面では、主幹事証券会社は、事業計画や資本政策の策定、社内管理体制の整備などに関する上場準備全般に関する助言指導を行います。また上場申請書類の作成に関するアドバイスとドラフトの事前チェックを行います。申請期には、引受審査を行います。この際に会社の上場適格性に関する審査を行いますが、その結果を上場審査時に「上場適格性に関する報告書」として証券取引所に提出します。

第5 上場準備における事業計画の策定

[1] 事業計画とは

事業計画とは、事業目的を達成するための具体的な行動計画であり、その事業やプロジェクトの目的や目標、戦略、予算、スケジュール、リスク評価などを明確にするための計画のことです。また、事業計画は、市場分析や顧客分析、マーケティング戦略、事業の運営に必要なリソースや人材など、事業全体の戦略的な視点を提示するものでもあります。また、事業計画は、事業の進捗状況や成果を評価するための基準となります。

そして、事業計画は事業を行う会社一般において策定されるものではありますが、上場準備に際して策定される事業計画は、創業者や経営者、従業員、幹事証券会社、証券取引所、ベンチャーキャピタル、銀行、投資家というそれぞれの立場から、事業の成否を評価するための重要なドキュメントとなります。

[2] 上場準備のための事業計画の策定

上場準備のための事業計画書は、投資家や証券取引所に対して、会社の将来性や成長戦略、リスクマネジメントなどを説明するために非常に重要なドキュメントとなります。その策定におけるポイントは次の通りです。

(1)具体的な数字に基づく計画であること

将来の業績に関して具体的な数字を用いた計画を立案し、その実現可能性について具体的に説明する必要があります。たとえば、将来の売上高や営業利益などの数字目標を示し、その達成に必要な戦略や投資額、人員配置なども具体的に示す必要があります。

(2)持続的な成長に向けた戦略の明確化

将来にわたって会社が成長し続けるために必要な戦略について明確に示し、持続的な成長を実現するための施策について説明する必要があります。

(3)リスクについての説明

リスクに対する認識とそのマネジメントについて説明しなければなりません。業界動向、競合環境、規制環境、人材確保などのリスクについても説明し、それらに対するマネジメント能力を示すことが求められます。

[3] 事業計画の策定プロセス

事業計画の策定は、以下のようなステップで進められます。

(1)目的と目標の設定

最初に、事業計画の目的と目標を明確にします。事業の目的や目標は、何を達成したいのか、どのような問題を解決するのか、どのような市場ニーズに応えるのかなどを明確にし、その目的や目標を達成するために必要な手段を考えます。

(2)市場調査

次に、市場調査を行います。市場調査は、ターゲット市場や競合環境、市場ニーズや顧客の嗜好、市場動向などを調べ、事業の成功に必要な情報を集めるために重要なステップです。

(3)ビジネスモデルの構築

ビジネスモデルを構築します。ビジネスモデルでは、ビジネスの収益モデルや費用構造、マーケティング戦略などを定義します。ビジネスモデルを構築することで、ビジネスの収益性や費用対効果を見積もることができます。

(4)資金調達計画の立案

資金調達計画を立案します。資金調達計画は、事業の資金調達の方法や必要な資金の額を決定し、資金調達に必要な情報を整理するために重要な作業です。

(5)予算とスケジュールの作成

予算とスケジュールを作成します。予算は、事業の費用を見積もり、収支を予測するために必要なものです。スケジュールは、事業の進捗状況を管理するために必要なものです。

(6)リスク評価とマネジメント計画

リスク評価とマネジメント計画を作成します。リスク評価は、事業に関連するリスクを特定し、そのリスクが事業に及ぼす影響を評価します。マネジメント計画は、リスク評価において特定されたリスクに対する対策やアクションプランを立て、リスクを軽減するための計画を立案します。

(7)実行と評価

最後に、事業計画を実行し、定期的に評価します。評価により事業の進捗状況を把握し、必要な修正や改善を行うことができます。

第6 資本政策の策定

事業計画を策定したら、これに沿った資本政策も策定して資金面での裏づけをしていきます。

[1] 資本政策とは

資本政策とは、会社が株式を発行して資金を調達していく戦略的な方針を策定することをいいます。資本政策は、事業計画の達成に必要な資金の調達計画であるとともに、創業者ないし経営者の会社経営のガバナンスにかかわるものであるため、会社経営において非常に重要な要素となります。

すなわち、上場前のスタートアップ企業においては、その資金調達を銀行などの金融機関の融資に依存できないために、株式の発行(増資)による資金調達は事業成長のための生命線です。しかしながら、資金調達のために第三者割当増資を行うと、資金調達と引き換えに、創業者ないし経営者の株式の持分比率は低下することになります(希薄化)。

このように、増資による資金調達と経営権はトレードオフの関係にあります。ベンチャーキャピタルといった資金の拠出者は安い価格で多くの株式を取得することを求めるのに対して、創業者ないし経営者は、経営権の維持のために高い株価で少ない株式を発行することを求めるという関係にあります。したがって、増資の時期と調達額、これによる希薄化の割合を勘案してそのバランスを考えながら、戦略的に資本政策を策定する必要が生じるのです。

[2] 安定株主対策

増資による資金調達を行いつつ、創業者ないし経営者が経営権を維持し、安定した経営を可能にするためには、資本政策の中で安定株主対策というものを念頭においておく必要があります。安定株主は、創業者ないし経営者本人、その配偶者や親族、取締役、取引先などになります。

経営権の維持という観点からするとき、必要な株式の持分割合において分水嶺になるのは、3分の2、2分の1、3分の1となります。

まず、取締役の選任・解任、株式の発行、計算書類の承認、株主総会の議事運営などの決議においては、議決権の過半数以上の賛成が必要とされます。これを普通決議といいます。したがって、通常の会社経営においては、発行済み株式の過半数の持分を維持していれば仮に一部の株主から反対されても、創業者もしくは経営者の裁量で会社経営ができることになります。

次に、株主総会において定款変更、商号変更、減資、株式の併合、事業譲渡などの会社の根幹にかかわるような事項に関しては、議決権の3分の2以上の賛成という特別決議が必要となります。持分割合が3分の2を切ると、こうした特別決議が要求される事項に関しては、自由に決められないということになります。

最後に、持分割合が3分の1を切ると、上記特別決議が要求される事項に関しであっても、その他の株主が賛成すれば、創業者ないし経営者の意向に反した決定を阻止できないということになります。

これを見ると、創業者ないし経営者は、発行済み株式の過半数を維持するような安定株主対策を講じたいところですが、上場を目的とした会社では、資金を調達して事業計画を達成していくことが必須ですから、希薄化の結果過半数を割ることになることも普通に起こることになります。上場会社は広く一般投資家から資金を集め、その投資家からの委託を受けて事業を行う会社ですから、一定規模に達したのちは投資家からの信頼に基づく委託という関係を維持することによって会社経営を行うことになるのであって、過半数割れが発生しない範囲で資金調達を行うという考え方は合理性がないことになります。

第7 2期前(直前々期)における上場準備の内容

直前々期には、上場会社と同じレベルの社内のさまざまな管理体制を構築・整備していく必要があります。

具体的には次のような内容になります。

[1] 予実管理制度の整備

上場会社は、決算短信や有価証券報告書で、四半期ごとに業績及びその予想を発表することを求められるので、自社の売上や利益を随時把握できる体制を構築する必要があります。そのためには、予算を管理する制度と月次決算を行う制度を構築していきます。

[2] 組織運営体制の整備

会社が、上場企業として相当規模の組織として機能する体制を構築しなければなりません。会社法が要求する株主総会や取締役会を適法に開催するとともに、稟議制度を構築して組織運営を機能させ、企業としての組織を整えます。

[3] 内部統制

上場企業は、J-SOXという不正会計などを防止するための内部統制報告制度に基づき、事業年度ごとに「内部統制報告書」の提出が義務付けられています。すなわち、会社は財務報告に係る内部統制を整備・運用したうえで、状況を評価し外部へ報告することが要求されます。従って、内部統制の仕組みを構築していく必要があります。

[4] 特別利害関係者等との取引の解消

一般の会社では、創業者や会社の役員等の特別利害関係者と会社間の取引が散見されます。こうした取引は、会社と特別利害関係者の利益が相反しますので、上場前には解消しておくべきです。一定の合理性をもった必要な取引だと判断される場合でも、その内容をあらためて客観的に評価し取締役会の承認を得ておくことが必要です。

[5] 関係会社の整備

子会社等の関係会社がある場合は、その必要性に関し再検討し、不要な関係会社は合併・売却するなどして統廃合を行い、経営資源を集中させます。

[6] 会計監査への対応

直前々期からは会計監査が始まるので、「適正意見」が取得できるように、直前前々期で実施したショートレビューで指摘を受けた問題点については改善しておかなければなりません。

第8 直前期における上場準備の内容

次に、申請期の1期前にあたる直前期にやるべきことを見ていきましょう。

多くの作業を行うことが必要となり、上場準備の佳境とも言える時期となります。

[1] 管理体制の実際の運用等

このステージでは、直前々期に構築・整備した管理体制の仕上げを行うとともに、その体制の実際の運用を行う試運転期間となります。上場のためには、管理体制を構築・整備しただけでは足らず、これが適正に運用されている必要があります。

また、上記第7の[4]~[6]の項目(特別利害関係者等との取引の解消など)についても対応が完了させなければなりません。

[2] 申請書類の作成準備

上場申請書類は多岐にわたるので、直前期から書類作成の準備に着手します。

それにあわせて、上場申請の際に審査の対象となる要件や基準を満たしていることの確認作業を行います。

第9 申請期にやること

最後に、申請期にやるべきことを見ていきましょう。

[1] 主幹事証券会社による引受審査

上場申請の前に、まずは主幹事証券会社による引受審査を受けておく必要があります。

主幹事証券が行う引受審査とは、上場を希望する会社が主幹事証券と契約を結んで株式公開を実施する場合に、主幹事証券が行う株式の引受けに関する審査のことです。

主幹事証券は、ビジネスモデル、業績見通し、競合環境、会社の財務状況、法的問題など、多角的な観点から企業の魅力やリスクを評価し、株式公開に値する内容の会社であるかどうかを判断します。

具体的には、以下のような項目を審査します。

(1)財務面の審査

財務諸表を審査し、会社の財務状況を評価します。収益性、流動性、資産配分、負債構成などについて検証します。

(2)業績見通しの審査

会社のビジネスモデルや業績見通しについて審査します。市場動向や競合環境なども踏まえ、将来的な成長性やリスクを評価します。

(3)法的な問題の審査

会社の法的問題や不祥事の有無を審査します。訴訟リスクやコンプライアンスの遵守状況なども検証します。

(4)株式の引受け価格の設定

主幹事証券は、株式公開の際に株式の引受け価格を設定します。株式市場の状況や会社の評価などを考慮し、最適な価格を設定することが求められます。

主幹事証券の引受審査を通過することで、会社は株式公開のための第1の関門を通過することになります。

[2] グロース市場に上場する場合の適合要件となる「高い成長可能性」について

スタートアップ企業が東京証券取引所に上場をしようとする場合は、通常、グロース市場への上場を目指すことになります。すなわち、グロース市場は、「高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業及びその企業に投資をする機関投資家や一般投資家のための市場」として開設されているからです。したがって、グロース市場では、小規模の会社や、赤字決算の会社でも上場が可能とされる反面、そのためには「高い成長可能性を有する」会社であることが上場の適合要件とされています。

そして、高い成長可能性を有しているか否かについては、主幹事証券会社が判断し、上場申請時に、概略以下の内容を説明した報告書として東証に提出します。

(1)高い成長可能性の評価の対象とした事業の内容(ビジネスモデル(事業の内容、事業の収益構造)、市場環境(市場規模、競合環境)等、競争力の源泉(経営資源・競争優位性)、リスク情報(認識するリスク、リスク対応策)等)など
(2)経営上重視している成長戦略の進捗を示す重要な経営指標、当該指標の最近3年間程度の実績値・具体的な目標値について
(3)成長事業が高い成長可能性を有すると判断した根拠について
(4)事業計画の内容及び前提条件
(5)事業計画が合理的に作成されているとの判断に至ったポイント
(6)(策定している場合には)利益計画及び前提条件

したがって、会社がグロース市場に上場するためには、主幹事証券から「会社が高い成長可能性を有している」との評価を受けるための審査にも合格しなければならないことになります。

[3] 定款の変更

会社を上場するためにはその株式は株式譲渡制限のない株式でなければならないので、譲渡制限がある場合は定款を変更する必要があります。定款を変更するには、株主総会の特別決議が必要です。

[4] 上場申請

定款を変更したら、上場申請書類を証券取引所へ提出します。

申請書類には、目論見書、新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)、有価証券届出書、上場申請者に係る各種説明資料、申請事業年度に係る年度予算計画書、中期経営計画書、コーポレート・ガバナンスに関する報告書といったものが中心になります。

上場申請が受理されたら、証券取引所による上場審査が始まります。

第10 証券取引所による上場審査

上場審査は、証券取引所が定めた上場基準を会社が満たしているかどうかを確認するために行われます。証券取引所によって上場基準は異なりますが、東京証券取引所の定める基準を例にとって解説すると次のようになります。

東証では、それぞれの市場ごとに形式要件および実質審査基準を設けて上場審査を行っており、形式要件については有価証券上場規程において、実質審査基準については「上場審査等に関するガイドライン」で詳しく定められています。

(1)形式要件

形式要件とは、会社の定量的な側面を確認する基準であり、株主数および流通株式など主に株式の流動性確保のための基準や、時価総額・純資産額・利益の額等の企業規模に関する基準によって構成されています。

その内容は、以下の通りです。

形式要件(項目) プライム スタンダード グロース
流動性 株主数 800人以上 400人以上 150人以上
流通株式数 20,000単位以上 2,000単位以上 1,000単位以上
流通株式時価総額 100億円以上 10億円以上 5億円以上
時価総額 250億円以上
ガバナンス 流通株式比率 35%以上 25%以上 25%以上
経営成績
財政状態
利益の額
または売上高
最近2年間の経常利益の総額25億円以上
または、最近1年間の売上高
100億円以上かつ、時価総額1,000億円以上
最近1年間の経常利益
1億円以上
純資産の額 50億円以上
その他 事業継続年数
(取締役会設置)
3年以上 3年以上 1年以上
公募の実施 500単位以上
(2)実質審査基準

実質審査基準とは、公益または投資者保護上の観点から必要となる内容を満たしているかを判断するための基準であり、その審査は上場審査の中心となるものです。

その内容の概略は、以下の通りです。

プライム スタンダード グロース
企業の継続性および収益性 事業計画の合理性
継続的に事業を営み、かつ、安定的かつ優れた収益基盤を有していること 継続的に事業を営み、かつ、安定的な収益基盤を有していること 相応に合理的な事業計画を策定しており、当該事業計画を遂行するために必要な事業基盤を整備していること、または整備する合理的な見込みのあること
企業経営の健全性
事業を公正かつ忠実に遂行していること
企業のコーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制の有効性
コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制が適切に整備され、機能していること コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制が、企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していること
企業内容等の開示の適正性 企業内容、リスク情報等の開示の適切性
企業内容等の開示を適正に行うことができる状況にあること 企業内容、リスク情報等の開示を適切に行うことができる状況にあること
その他公益または投資者保護の観点から東証が必要と認める事項

第11 グロース市場における上場審査

スタートアップ企業が東京証券取引所に上場する場合は、通常、まずグロース市場に上場することになりますので、グロース市場での形式的要件と実質的審査基準について説明します。

[1] 形式的要件

上記の表のとおりですが、極めて緩い要件になっています。

流動性に関しては、株主数が150人以上、流通株式は1,000単元以上、流通株式の時価総額が5億円以上とされています。時価総額は要件になっていません。流通株式比率は25%以上となっています。

経営成績・財政状態に関して、利益の額または売上高も要件になりません。純資産の額も同じく要件ではありません。

事業継続年数は1年以上とされています。

[2] 実質審査基準

上記の表では、プライム・スタンダード市場における「企業の継続性及び収益性」とグロース市場における「事業計画の合理性」を第一列において比較していますが、実は、審査基準の順番としては、グロース市場のおける「事業計画の合理性」は4番目であり、「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」が冒頭にきています。すなわち、スタートアップ企業を対象としたグロース市場においては、その実質的基準として最重要な項目として考えられているのは「企業内容、リスク情報等の開示の適切性」なのです。

また、プライム・スタンダード市場における「企業の継続性及び収益性」と同じ観点から定められた基準においては、「事業計画の合理性」というように基準が緩和されています。

さらに、「コーポレート・ガバナンスおよび内部管理体制」の基準に関しても、企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していることとして、基準の緩和がなされています。

加えて、共通項目についても、審査基準の難易度は異なることになります。グロース市場おいては、その会社の規模に応じた内容であることが判断の基準になります。

[3] 実質的基準の具体的な内容

ガイドラインの各項目別の具体的な規程の内容は、以下の通りです。

(1)企業内容、リスク情報等の開示の適切性

まずは、経営に大きく関わる、または重大な影響を与える会社情報を適正に管理し、投資者に対して適時、適切に開示することができる状況にあること、内部者取引の未然防止に向けた体制が適切に整備、運用されていることが要請されます。

次に、企業内容の開示に係る書類が法令等に準じて作成されており、投資者の投資判断に有用な事項が適切に記載されているも要請されます。

規程の概略は次のようなものです。

1.会社及びそのグループ(以下において「会社」というときは、そのグループ全体をいいます。)が、経営に重大な影響を与える事実等の会社情報を適正に管理し、投資者に対して適時、適切に開示することができる状況にあること。また、内部者取引等の未然防止に向けた体制が、適切に整備、運用されている状況にあること。

2.企業内容の開示に係る申請書類が、法令等に準じて作成されており、かつ、以下の事項が、適切に記載されていること。
 a 会社の財政状態・経営成績・資金収支の状況に係る分析及び説明、関係会社の状況、研究開発活動の状況、大株主の状況、役員・従業員の状況、配当政策、公募増資の資金使途等の投資者の投資判断上有用な事項
 b 事業年数の短さ、累積欠損又は事業損失の発生の状況、特定の役員への経営の依存、他社との事業の競合状況、市場や技術の不確実性、特定の者からの事業運営上の支援の状況等の投資者の投資判断に際して会社のリスク要因として考慮されるべき事項
 c 事業計画及び成長可能性に関する事項について投資者の投資判断上有用な事項
 d 新規上場申請者の企業グループの主要な事業活動の前提となる以下のような事項
(a)主要な事業活動の前提となる事項の内容
(b)許認可等の有効期間その他の期限が法令又は契約等により定められている場合には、当該期限
(c)許認可等の取消し、解約その他の事由が法令又は契約等により定められている場合には、当該事由
(d)主要な事業活動の前提となる事項について、その継続に支障を来す要因が発生していない旨及び当該要因が発生した場合に事業活動に重大な影響を及ぼす旨

3.会社が、その関連当事者その他の特定の者との間の取引行為又は株式の所有割合の調整等により、会社の実態の開示を歪めていないこと。

(2)企業経営の健全性

会社の役員といった会社関係者との間で取引行為、または経営活動を通じた不当利益の供与や享受がないかといったことが審査されます。

また、役員の相互の親族関係やその構成などから、役員としての公正、忠実かつ十分な職務の執行を損なうことになっていないかなども審査の対象になります。

規程の概略は以下の通りです。

1.会社が、次のa及びbに掲げる事項などから、その関連当事者との間で、取引行為その他の経営活動を通じて不当に利益を供与又は享受していないこと。
  a 関連当事者との取引が発生している場合において、取引を継続する合理性を有し、また、取引価格を含めた取引条件が会社に明らかに不利な条件でないこと。
  b 関連当事者が自己の利益を優先することにより、会社の利益が不当に損なわれる状況にないこと。

2.会社の役員の相互の親族関係、その構成、勤務実態又は他の会社等の役職員等との兼職の状況が、会社の役員としての公正、忠実かつ十分な職務の執行又は有効な監査の実施を損なう状況でないこと。

(3)企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性

役員の適正な職務を執行するための体制が整備・運用されていること、内部管理体制が適切に整備・運用されていること、法令等を遵守するための体制が相応に整備・運用され、重大な法令違反となるおそれのある行為を行っていないことなどが審査されます。

規程の概略は以下の通りです。

1.会社の役員の適正な職務の執行を確保するための体制が、次のa及びbなどの事項から、相応に整備され、適切に運用されている状況にあること。
  a 会社の役員の職務の執行に対する有効な牽制及び監査が実施できる機関設計及び役員構成であること。
  b 会社において、効率的な経営の為に役員の職務の執行に対する牽制及び監査が実施され、有効に機能していること。

2.会社が経営活動を有効に行うため、その内部管理体制が、次のa及びbなどの事項から、相応に整備され、適切に運用されている状況にあること。
  a 会社の経営活動の効率性及び内部牽制機能を確保するに当たって必要な経営管理組織が、相応に整備され、適切に運用されている状況にあること。
  b 会社の内部監査体制が、相応に整備され、適切に運用されている状況にあること。

3.会社の経営活動の安定かつ継続的な遂行及び内部管理体制の維持のために必要な人員が確保されている状況にあること。

4.会社がその実態に即した会計処理基準を採用し、かつ、必要な会計組織が、適切に整備、運用されている状況にあること。

5.会社において、その経営活動その他の事項に関する法令等を遵守するための有効な体制が、適切に整備、運用され、また、最近において重大な法令違反を犯しておらず、今後においても重大な法令違反となるおそれのある行為を行っていない状況にあること。

(4)事業計画の合理性

事業計画が、そのビジネスモデル、事業環境、リスク要因等を踏まえて、適切に策定され、その事業計画を遂行するために必要な事業基盤が整備されていることなどが審査されます。

規程の概略は以下の通りです。

1.事業計画が、そのビジネスモデル、事業環境、リスク要因等を踏まえて、適切に策定されていること。

2.事業計画を遂行するために必要な事業基盤が整備されていること又は整備される合理的な見込みがあること。

ちなみに、プライム市場における「企業の継続性および収益性」に関する規程は下記の内容です。比較してみてください。

1.事業計画が、そのビジネスモデル、事業環境、リスク要因等を踏まえて、適切に策定されていると認められること

2.今後において安定的に相応の利益を計上することができる合理的な見込みがあること

3.経営活動が、安定かつ継続的に遂行することができる状況にあること

(5)公益又は投資者保護の観点

株主の権利内容およびその行使が不当に制限されていないか、反社会的勢力による経営活動への関与を防止するための社内体制を整備してその防止に努めているかなどが審査されます。

規程の概略は以下の通りです。

1.公益または投資者保護の観点から株主の権利内容及びその行使が不当に制限されていないこと。

2.会社が、経営活動や業績に重大な影響を与える係争又は紛争等を抱えていないこと。

3.会社の主要な事業活動の前提となる事項について、その継続に支障を来す要因が発生している状況が見られないこと。

4.会社が反社会的勢力による経営活動への関与を防止するための社内体制を整備し、当該関与の防止に努めていること及びその実態が公益又は投資者保護の観点から適当と認められること。

5.その他公益又は投資者保護の観点から適当と認められること。

荒竹純一

荒竹純一

さくら共同法律事務所パートナー
慶応義塾大学法学部卒。昭和61年4月、東京弁護士会に登録、さくら共同法律事務所入所。平成7年5月、ニューヨーク市コロンビア大学ロースクールにて修士号(LL.M.)を受け、その後同大学ロースクール大学院に研究生として在籍。ニューヨーク市のSKADDEN,ARPS,SLATE,MEAGHER&FLOM法律事務所入所、平成9年1月に帰国。