資本政策とは何でしょうか。資本は、会社事業活動の原資です。創業時の資本政策とは、会社事業活動の原資となる資金をいかに調達するかという問題です。手元資金が潤沢で当面の事業活動に困らないのであれば、それを事業に充当すれば足りますので、資本政策に悩むことはありません。
しかしながら、創業時に潤沢な手元資金を有する創業者は少なく、通常は、自己資金の不足を外部資金で補うことになります。
外部からの資金調達の方法としては、借入と株式発行があります。以下、それぞれの方法における留意点について解説します。
(注)「資本政策」は、主として株式発行による資金調達を念頭に置いた概念ですが、創業時においては、まだまだ借入による資金調達が一般的ですので、ここでは、借入を含む外部からの資金調達方策全般を資本政策と捉えます。
外部借入の相手先は、ご親族、ご友人の場合もありますが、通常は、銀行等金融機関となります。
借入ですから、元本返済と約定利率に基づく利息支払の義務を負うことになります。通常は、返済スケジュールに基づき毎月一定額を分割払いすることになります。
運転資金だけでなく返済資金を確保しなければなりませんので、借入に当たっては、合理的かつ確度の高い事業計画、資金収支計画を作成し、金融機関と交渉する必要があります。創業時には、過去の実績がありませんので、金融機関は、事業計画、資金収支計画から、融資実行の可否を判断します。
金融機関からの借入の場合、金融機関は、物的担保の他、経営者の保証(経営者保証)を徴求するのが通常です。金融機関が経営者保証を徴求するのは、経営者の経営に対する規律付けと回収不能のリスクを回避するためです。経営者保証は、ほとんどが連帯保証です。会社が返済を怠り、履行遅滞となると、期限の利益を喪失することになりますが、経営者は、金融機関から、残債務全額の一括払いを請求される恐れがあります。
期限の利益の喪失
返済期限を定めて金銭が貸し付けられた場合、債務者は、期限の到来まで返済を猶予されます。これを債務者の期限の利益といいます。金融機関との取引では、分割払い債務の一部について返済が遅滞した場合、債務者は一切の残債務について当然に期限の利益を喪失し、直ちに弁済することが約定されます。
連帯保証
連帯保証の場合、通常の保証と異なり、債権者から履行の請求をされた場合、連帯保証人は、まず、主たる債務者に履行の請求をすることや主たる債務者の財産に執行することを求めることができません。債権者である金融機関は、主たる債務者である会社に請求することなく、連帯保証人である経営者に保証債務の履行を請求できます。通常の保証に比べ、金融機関にとって有利になりますが、反面、保証人の負担は大きくなります。
ア「経営者保証に関するガイドライン」による無保証融資
しかしながら、不要ないし過剰な経営者負担が、経営者ないし会社の思い切った事業展開の取組意欲を阻害するなどの弊害の恐れが指摘されています。経営者保証なしの融資実行の促進等経営者保証の適正化のため、平成25年12月に、金融機関に対する指針として、「経営者保証ガイドライン」が策定されました。
「経営者保証ガイドライン」は、全国銀行協会と日本商工会議所が共同で設置したガイドライン研究会が策定したものです。しかしながら、研究会には、金融庁、中小企業庁等の行政機関もオブザーバーとして参加しており、「経営者保証ガイドライン」は民間が定めた自主自律の指針とはいえ、事実上、公的裏付けを有した金融機関を拘束する指針として機能しています。
金融庁は、金融機関の融資慣行として浸透、定着させるため、ガイドラインの適用事例を全国の金融機関から収集し公表しています。金融庁の積極的取組もあり、金融機関における無保証融資の割合は上昇傾向にあります。創業者は、このガイドライン及び適用事例を踏まえ、金融機関と無保証融資の実行について交渉することができます。
<金融庁ホームページ:「経営者保証ガイドライン」の積極的活用について>
イ 経営者保証ガイドラインの無保証融資の条件
経営者保証ガイドラインは、無保証融資又は経営者保証の解除の条件として、債務者側に以下の取組を要求しています。
これらの条件は、経営者保証の回避、解約の最低条件として金融機関の利益に配慮したものですが、健全な会社経営、円滑な資金調達、IPOやM&Aの成功の条件ともなるものです。経営者保証の問題がなくとも、会社経営上、常に意識しておくべきことです。
経営者保証ガイドラインに基づく無保証融資は、交渉によって金融機関との間で合意するものですが、日本政策金融公庫は、創業支援のため、創業時の無担保・無保証融資制度(「新創業融資制度」)を備えています。
ただし、無担保・無保証ということで、借入額は3,000万円が上限とされ、利率は、低金利とはいえ比較的高く設定されます(平成31年1月17日現在の基準金利2.26~2.75%)。
株式発行による資金調達の場合、会社は資金出資者である株主に出資金を返済する義務はありません。また利息支払の義務もありません。
事業計画どおり売上が立ち、資金収支計画どおりに資金が獲得できるか不確実と言わざるを得ない創業段階においては、可能であれば、借入よりも株式発行による資金調達の方が、財務的には好ましいといえます。
ただし、株主には、株主総会での議決権が付与されます(議決権が付された普通株式の場合を前提)ので、株主総会決議により会社の意思決定に関与することになります。
会社法の定める株主総会決議容要件は、次のとおりです。
決議内容の重要度に応じて、決議要件に差異があります。
決議の種類 | 多数決要件 | 主な決議事項 |
---|---|---|
普通決議 | 総会出席株主議決権の過半数(2分の1超)の賛成 | 取締役の選任・解任など |
特別決議 | 総会出席株主議決権の3分の2以上の賛成 | 定款変更、合併、会社分割、事業譲渡など |
(注)定足数要件は、いずれも行使可能議決権の過半数
創業時に複数の株主が出資する場合(共同出資)や、創業後、会社事業の拡大に伴い新たな株主を募集(新株発行)する場合において、創業者である自身が保有する株式数及び議決権割合をどの程度にしておくかは、会社経営権の帰属、会社経営上の意思決定の自由度、迅速性、将来の創業者利益の獲得に影響する非常に重要な問題です。
上記の決議要件に照らせば、会社経営権や会社経営上の意思決定の自由度、迅速性の確保の点で、できれば、3分の2以上、少なくとも過半数の議決権割合を確保することが望まれます。
よくある失敗例は、創業者間で平等の議決権割合としてしまうことや、創業時の出資や協力のお礼として必要以上の株式数を第三者に与えてしまうことです。
二人の創業者間で平等の議決権割合とした場合、両者の意思が異なると、過半数決議が成立しませんので、株主総会決議による会社意思決定が不能となります。第三者が過半数の議決権割合を取得することになれば、創業者が取締役の解任決議により会社経営から排除されることになりかねません。
新たな株式を発行するに連れ、通常は創業者の持株割合は低下します。一旦、株式を発行した後、それをやり直し(例えば、株式の譲受け)、創業者の持分割合を回復することは困難です。したがって、株式発行前こそ、現在及び将来の資金ニーズを見据えた上で、持分割合の落としどころについて慎重な検討が求められます。
とはいえ、事業が軌道に乗り成長段階になれば、多額の資金調達、多額の新株発行を行い、自らの持分割合を下げざるを得ないこともあります。資金調達のニーズを満たしつつ、経営権や経営の自由度を維持することは難しい舵取りとなりますが、次に述べる種類株式や投資契約・株主間契約を活用することで対処することも考えられます。
株主の中には、会社経営に強い関心を有するものもあれば、配当等を通じた経済的利益の獲得を主たる目的とし、会社経営には関心を有しない者もいます。会社法は、多様なニーズに配慮して、会社が一定の事項について、内容の異なる株式(種類株式)を発行することを認めています。
会社法が定める種類株式は以下のとおりです。複数の内容を組み合わせた種類株式の発行も可能です。
剰余金配当・残余財産分配に係る優先株式 | 他の株式に先んじて剰余金の配当や残余財産の分配を受けることができる株式です。 |
譲渡制限株式 | 株式を譲渡する際に会社の承認(株主総会又は取締役会の決議)が必要な株式です。 発行する全部の株式の内容として譲渡制限を課すことも、ある種類の株式につき、譲渡制限を課すこともできます。 |
議決権制限株式 | 株主総会決議事項につき、議決権が制限される株式です。 株主総会すべての決議事項に関して議決権がない株式(無議決権株式)の発行も認められます。 ただし、通常は、議決権制限の見返りに配当や残余財産の分配に関して優先権が付与されることになります(剰余金配当・残余財産分配に係る優先株式)。 |
拒否権付き株式 | 株主総会決議のほかに、当該種類の株式の株主から成る種類株主総会決議を必要とする株式です。 種類株主総会決議がなければ、株主総会決議は有効となりませんので、種類株主が総会決議につき、拒否権を有することになります。 |
取得条項付き株式 | 一定の事由が生じた場合に、会社が対価を払って当該種類株式を取得できる株式です(強制取得株式)。 |
取得請求権付き株式 | 株主が、会社に対して、株式の取得を請求できる株式です。 |
全部取得条項付き株式 | 会社が、株主総会決議によって、対価を払って当該種類株式全部を取得できる株式です。 |
取締役・監査役の選解任株式 | 当該種類株式の株主から成る種類株主総会において、取締役又は監査役を一定数選任又は解任できる株式です。全株式譲渡制限会社に限り発行ができます。 |
属人的みなし種類株式 | 全株式譲渡制限会社は、剰余金配当・残余財産分配・議決権について、株主の個性に着目し株主ごとに異なる取り扱いをすることができます(株主平等原則の例外)。種類株式は、株式ごとに異なる内容を定めるものですが、株式の種類とは無関係に、属人的な特別な扱いが認められます。 |
種類株式発行後、一定の場合に特定の種類株主総会決議が要求されますが、これを忘れないようにしなければなりません。忘れると、手続き上の瑕疵があったものとして、会社の行為が無効となるおそれがあります。
会社法上の要求ではありませんが、近時は、会社、創業株主、ベンチャーキャピタル等の投資家の間において、投資契約や(創業)株主間契約を締結することが行われます。これらの契約は、当事者間の利害の調整、予めの紛争予防を目的に締結されます。
当事者の協議・交渉による任意の取決めですが、会社経営上の拘束となりますので、内容を十分詰め、理解するとともに、契約締結後は違反が生じないよう注意しなければなりません。
なお、平成30年3月に、経済産業省は、投資契約、株主間契約の意義を確認し、これらの契約設計、締結時に契約当事者が留意すべき事項を整理した報告書を公表していますので、ご参照下さい。
<経済産業省:「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」>
ア 投資契約(会社・投資家間)
投資契約は、通常、会社と投資家間で締結されます(会社、代表取締役、投資家の三者契約の場合もあります。)。
具体的には、投資の前提(財務諸表の適正性の表明など)、株式に関する事項(優先買取権、最恵待遇など)、会社の運営に関する事項(取締役派遣、オブザーバー派遣など)、投資の撤退(投資契約違反の際の株式買取義務など)に関する事項、秘密保持義務等について約定されます。 基本的には、会社側に様々な義務が課され、義務違反があった場合のペナルティが定められます。
ベンチャーキャピタル等から、契約のひな形が提示されることもあると思いますが、提示されるひな形は、先方有利に規定されているのが普通ですから、決して鵜呑みにせずに、内容を精査して下さい。
また、複数回の資金調達が行われる場合、最初の資金調達時の投資契約において負った義務は、その後の投資契約においても引き継がれるのが一般的です。
したがって、その調達額の多寡に関わらず、最初の投資契約締結時の検討、協議、交渉が極めて重要です。
イ 株主間契約
株主間契約は、共同創業株主間や創業株主と新株主(投資家)間で締結されます。
具体的には、取締役選任に関する議決権行使、一定期間の株式継続保有義務、投資契約の実効性確保のための措置等について約定されます。
取締役の選任等の重要な意思決定は株主総会決議を介して行われますが、株主間の対立や意見の食い違いにより、決議が不能となることや現経営陣の想定しない決議が行われることで会社経営が混乱するおそれもあります。かかる不都合を回避するため、株主間契約によって、相互に株主としての権利行使について合理的範囲で拘束するのです。
なお、創業株主間契約においては、経営方針についての考えの相異等を理由に一部の創業株主が離脱したときに備えて、離脱株主株式の扱いを規定しておくことが重要です。具体的には、離脱する創業株主から、残った創業株主又は創業株主が指定する者が、所定の価格で買い取ることができる旨を規定することになります。これを怠ると、会社成長後、会社成長に貢献していない離脱創業株主から高値での株式買取を要求されることに成りかねません。
なお、株式の買取に際しては、譲渡価格によっては課税(贈与税、譲渡所得税、法人税)負担が生じることもありますので、税務面への目配りも忘れてはなりません。