2023年4月1日、租税特別措置法の改正法が施行されました。さらに同年7月7日、国税庁により、「『租税特別措置法に係る所得税の取扱いについて』の一部改正について(法令解釈通達)」および最終改訂後の「ストックオプションに対する課税(Q&A)」が公表されました。
この法令解釈通達およびQ&Aは、税制適格ストックオプションについて、権利行使価額の算定方法を明確化し、また、保管委託要件を緩和するものです。
スタートアップ企業にとって、ストックオプションの導入が容易になる改正ですので、資本政策やインセンティブプランに大いに活用すべきでしょう。
以下、その内容を解説します。
なお、ストックオプションの基本的な制度内容については、すでにお役立ち情報で解説しているストックオプションを参照してください。
まず、権利行使価額は、「当該税制適格ストックオプション付与契約締結時の会社の株価の時価以上としなければならない」旨定められていますが(租特法29条の2第1項3号)、未上場の企業は市場による自社の株式の取引相場がないために、株式の時価算定についてはどのような評価方法を用いれば要件を満たすことになるのかの判断が課題となっていました。
そこで、Q&Aでは、税制適格ストックオプションの要件を満たす株価算定の方法について、未上場株式(気配相場のある株式を除く。)の場合は、純資産価格等を参酌して算定した価額でよいことを明確にしています。
未上場のスタートアップ企業は純資産がきわめて低廉である場合が多いのが一般ですから、この純資産価額方式を用いることで、従前の実務より低廉な権利行使価額での発行が可能となりました。すなわち、状況によっては権利行使価格を1円に設定して発行することができるようになるわけです。
また、優先株式 による資金調達を重ねていても純資産が増えることにはなっていませんから、従前のように優先株による資金調達前に急いで税制適格ストックオプションの発行を行う必要がなくなります。
出典:国税庁「租税特別措置法に係る所得税の取り扱いについて」の一部改正について(法令解釈通達)
税制適格ストックオプションの要件の1つとして、「税制適格ストックオプションの行使によって取得する株式について、取得後直ちに、証券会社等に対して保管の委託等を行わなければならない」というものがあります(租特法29条の2第1項6号。以下「保管委託要件」といいます)。
上場をした場合には、株式は保管振替制度の対象となり、当然に保管委託要件を満たすことになりますが、EXITがM&Aにより行われる場合のように、未上場の間にストックオプションの行使を認めた場合に、保管委託要件をどのようにして満たすのかが実務上の論点となっていました。
この要件を満たす方法として、株券発行会社が定款変更を行って株券を発行して証券会社に対して保管委託を行い、ストックオプションの保有者が、当該証券会社の証券口座を開設するというのが一般的に考えられていましたが、煩雑かつコストを要するものになっていました。
この手続を取扱う証券会社によれば、一般的に、ストックオプションの所持者が20人程度であれば、1か月前くらい前の依頼で対応可とされ、費用感は下記のようなものと思われます。
イニシャル | 50万円 |
ランニング | 10人まで年間20万円 20人だと年間35万円 |
これに関してQAでは、保管委託要件について一定程度緩和する旨の解釈が新たに示されました。
そこでは、契約等に基づき、発行会社から金融商品取引業者等に対して株式の異動情報が提供され、かつ、発行会社においてその株式の異動を確実に把握できる措置が講じられている場合には、「金融商品取引業者等の振替口座簿に記載若しくは記録を受けること」に相当するものであることから、株券の発行及び株券の金融商品取引業者等への引渡しをせずとも、保管委託要件を満たすとされています。
具体的には、株券発行会社への変更および株券の保管委託が不要となり、発行会社から金融商品取引業者等に対して株式の異動情報が提供され、かつ、発行会社においてその株式の異動を確実に把握できる措置が講じられている場合には、保管委託要件が満たされることになるというものです。
ここでいう「会社においてその株式の異動を確実に把握できる措置」としては、税制適格ストックオプション付与契約において、税制適格ストックオプションの行使の際に、発行会社が指定した金融商品取引業者等への売り委託または譲渡以外の方法で株式を譲渡した場合に、発行会社はその株式を没収するとともに権利者に対して違約金の支払いを求めることができる事項を定めることが挙げられています。